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コラム

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知らないと損する健康100の知恵
プロローグ「無知で健康は守れない」より-6/6

病気とは何か

初めに述べたとおり、病気とは健康レベルの低い状態だと考えることを、私は撤回するつもりはありません。

病気になって医師にかかると、必ず診断があり、病名がつけられます。腎機能低下だとか、胃潰瘍だとか、慢性関節リュウマチだとかいう具合です。

医師がこれに対して、健康レベル低下などということはありません。

対症療法を専一と考えれば、病名をつけることが、何より先決問題になります。医師は症状をおさえれば満足するのです。このために健康レベルが低下したとしても、それは治療の代償として、目をつぶれば良いとしか言いようがないでしょう。これを患者側からすれば、<副作用>として見ることにならざるとえないのです。

医師はよく、医療は自然治癒力を助けるだけであって、病気を治すのは患者自身だというようないい方をします。私にすれば、その自然治癒力にスポットをあてたいのです。

自然治癒力とはいったい何でしょうか。

ある人が、脂肪肝になりました。それが、酒をやめてレシチンを飲んだら治りました。もしその人が、酒をたしなまず、レシチンを常用していたら、初めから脂肪肝とは無縁だったことでしょう。

ある人が風邪をひきました。それで、梅干しの湯を飲んで布団をかぶって横になっていたら、自然に治りました。もしこの人が、普段から梅干しの湯を飲んで横になっていたら、風邪をひくことなどなかったかも知れません。

要するに、いわゆる病気の治る条件というものがあり、その病気にかからない条件というものがあるはずです。そして、その二つの条件は原則として一致するはずでしょう。それを、自然治癒の条件としたいのです。それはすなわち、病気にかからない条件なのですから、その条件をみたすような食生活をしたい、というのが私の考え方です。健康レベルを決定する最大の要素は栄養なのですから。

病気になるまえの食生活、つまり病気にかからない条件をみたす食生活は、自分で管理しなければなりません。そして、そのことによって、健康レベルがあがり、多くの病気をまぬがれることができるのです。私たち一般市民の願いは、高い健康レベルを自力で保つことにあるのではないでしょうか。一般市民の意識の高さが文化のレベルを決めるとするなら、文化の進展につれて、健康の自主管理の思想が普及するはず、と私は考えます。

日本の医療は、アメリカに比べて10年以上の遅れがあると言われますが、それはまさに、健康の自主管理の思想のあるなしにかかわるものです。アメリカでは、多くの医師が健康自主管理のための相談に応じています。なかには、あなたは1日に卵を10個というような指示をする医師もいるそうです。アメリカで、いわゆる健康食品・栄養補助食品が流行っている事情の背景には、医師の指示による健康管理があるのです。

日本でも、血圧の測定はよく素人がやりますが、アメリカでは、血糖値や脈拍なども素人が測って、健康の自主管理をする習慣がゆきわたっているのです。

健康のチェックポイント

快眠や快便などが、健康のチェックポイントとされていることを、皆さんはご存知でしょう。これは日本の話ですが、アメリカでは、幸福感や生き甲斐などが、健康のチェックポイントになっています。

不眠を訴える人がいれば、医師は精神安定剤のような催眠剤を与えるでしょう。便秘を訴える人がいれば、医師は下剤を与えるでしょう。

ところで、幸福感のないこと、生き甲斐のないことを訴える人に、医師は何を与えたら良いと考えるでしょうか。ひょっとしたら、どちらにも安定剤を処方するのではないかと思います。

しかし、それは日本の医師の話で、アメリカの医師は、ビタミン、ミネラル、タンパク質を処方するだろうと思います。

栄養条件に問題があるという判断があるからです。幸福感も生き甲斐も、神経ホルモンの問題であり、それが栄養条件に左右される性質のものだからです。

それにしても、健康レベルを考えるとき、幸福感や生き甲斐の方が、快眠や快便よりも、ピントが合っているというべきでしょう。もしそういえるならば、アメリカの方が日本より進んでいるとして良いと思います。

ここまで述べたとおり、健康レベルを決定する最大の要因は栄養条件です。幸福感や生き甲斐の健康のあかしであるとして、それが食生活に依存するとわかったなら、栄養を問題にすることの価値を、改めて思わざるをえないでしょう。アメリカで、栄養についての知識を持たない医師は食えなくなるという警告を発する医学者のいることもうなずけるではありませんか。

体調が落ちたと自覚した人は、病気の気配を自覚するまで放っておいて、あわてて医師の門をたたく、というのが定石だろうと思います。それより賢明な生き方は、健康レベルが下がったとわかったなら、栄養物質に手をだすことです。そして、もっと賢明なことは、健康レベルの低下を感じないうちから、健康レベルの向上の方策をたてることです。

もっとも、このような健康の自主管理には、相当な知識がいります。あやふやな知識はあやまちのもとです。この本は、人体について、健康について、病気について、栄養についての基本的知識の初歩を扱ったものです。この本の内容は最低限度の知識とお考え下さい。

それは、この程度のことを知らずにいては、健康を語り、栄養を語る資格がないといえるからです。

勉強もしないで健康レベルをあげようとするのは、昔からいう、木によって魚をもとめるたぐいの愚かなわざ、と観念しなければなりますまい。ロベール・ギランいわく、「無知こそは諸悪の根源である」と。

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三石巌著『知らないと損する健康100の知恵』P45~50より