92歳 三石巌のどうぞお先に 第5回(全10回)
三石巌が1994年に産経新聞に連載していた「92歳 三石巌のどうぞお先に」の記事です。
目次 第5回
5-1. 効果を実証
足首の捻挫の痛みを忘れていた
今週は、スカベンジャー(電子ドロボー=活性酸素をしまつしてくれる掃除屋)のご利益を一席。
ボクは勉強会をもっている。自宅のやつは『偶然と必然』の講義でオープンだ。だれがきたって歓迎する。学士会館(東京)のやつはオープンじゃない。
昨年のある日の朝、学士会館へいくために門をでた。そのとたんに階段をふみはずして足首をひねった。ギクッときた。
門の扉がくさってあぶなくなったので、前の日にアルミの門にとりかえたのがまずかった。扉の位置がかわったし、またぐこともいらなくなった。かってがちがったせいで、ヘマがおきたんだ。
ボクは、朝食にスカベンジャーもやっている。だから平気でタクシーにのりこんだ。
十時から十二時までが勉強の時間だ。なにをやったかおぼえていないが、どうせ健康か栄養のことなんだ。クローンだの散逸構造だのいうようなシャレたことをやるはずがない。
会議室へ料理をはこんでもらって昼食をとって、かいさんした。ボクは娘と札幌からきたS君といっしょにタクシーで家にかえった。
そのあとはたぶんS君の質問にこたえて時をすごしたのだろう。S君は質問魔なのだ。それだけ熱心だ。かれはその夜はボクの家にとまることになっていた。夕食をやらなければならん。
夕食はYというそば屋でやることになった。S君をくわえて娘一家と車にのりこんだ。こんどはぶじに門を通過した。
Yについて車をおりるとき異変がおきた。右足首がいたいんだ。柱につかまって足をひきずりながらざしきにすわった。
かえりの車にたどりつくまで、ボクはS君の肩に手をかけていた。かかとを下につけるととびあがるほどいたいんだ。
家についてからはますますひどい。ふろをやめて、げんかんからベッドに直行だ。こうなっては一人前のけが人だ。
ボクはスカベンジャーをのんでねてしまった。八時までぐらいだったろう。
よく朝、ボクはいつものとおりベッドをおりた。足の痛みはこれっぱかしもない。まったくふつうに歩けるんだ。捻挫の自覚は一時間ほどですんだってことだ。
この経験からぼくのスカベンジャーの有動時間を十時間ほどとみつもった。
1994年6月3日読売新聞に掲載
5-2. ボクのスカベンジャー
低分子化したフラボノイド
スカベンジャー(老化や成人病の元凶とされる活性酸素をしまつしてくれる“掃除屋”の総称)のありがたみが、そろそろわかってきたかな。
ものごとをちゃんと考えようとおもったら、かたくるしいことばを使わないといけないってこと、わかってもらえるかな。活性酸素とか、キサントフィル(カロチンなどと同じ色素物質のひとつ)とかのことばは学術用語ってもんだ。これをつかわないと、科学のはなしはできない。なにがなにして、なんてことじゃ科学の話ははじまらないんだな。
用語を毛ぎらいしたらボクの文は読めない。かくごはよいかな。
まず、活性酸素のスカベンジャーがほしくなったら何を食(く)ったらいいかって話をしよう。
この連載を読んでくれているキミはもう、植物がスカベンジャーをふんだんにもっていることを知っている。菜食のメリットはそこにあるんだ、とボクがいうかと思っているんじゃないかな。ことわっておくが、ボクは野菜をすきじゃない。サラダは、ひとにおしつけちゃうほうなんだ。
先々週、フラボノイドって用語がでてきた。これは草や木のもっている色素で、三千種ぐらいもみつかっている。葉っぱに多いが、ほかの部分にもあるんだ。ホウレンソウにもサラダ菜にもたっぷり、ふくまれている。
それじゃやっぱり野菜サラダを食えばいいじゃないかって、キミは思ったろう。そりゃ、たしかにフラボノイドは口から入れば腸へいく。だが行き先はトイレだ。なぜかって、分子が大きすぎて腸の壁を通りぬけられないだな。
ああそれでわかった、ベータカロチンがいいっていうのは、腸の壁を通りぬけるからだ、ってキミはいうだろう。キミはそれだけ知識が増えたってことだな。
ちょっといっておくが、カロチンは油のなかの活性酸素のスカベンジャーだし、フラボノイドは水のなかの活性酸素のスカベンジャーだ。ビタミンEは油、ビタミンCは水ってところは、これによく似ている。もののわかった人間なら両てんびんを考える。
ところで、先週ちょっと触れた例の、ボクがやっているスカベンジャーは何かって、ききだしたいんじゃないかな。トップにくるのはフラボノイドだ。ただし、それの分子を小さくしたやつだ。低分子化したやつだ。
続きは来週に。
1994年6月10日読売新聞に掲載
5-3. スカベンジャーのとり方
活性酸素に負けない量をとる
ボクが使っているスカベンジャー(成人病や老化の元凶とされる活性酸素をしまつしてくれる物質の総称)は低分子化したフラボノイドだけじゃない。がんにも脳卒中にも心不全にも腎(じん)不全にもなりたくないし、なりゆきの老化はいやだ。
だから活性酸素にたいしては万全のそなえをしているつもりなんだ。その中心になっているのがフラボノイドってことさ。
そんなとくべつなものでなくたってフラボノイドがとれるといいんだけれど、そうもいかないんだな。カシをかえるほうがりこうだと思うね。つまり、フラボノイドでないものに目をむけろってことだ。
たとえばお茶だね。お茶のしぶみのもとはタンニンだ。それはポリフェノールのなかまでカテキンともいう。こんな用語をならべるのは、新聞や雑誌にそういうことばがでても気分をわるくしないためだ。老婆心みたいなものさ。
お茶のカテキン分子は温度がたかすぎるとあつまって大きくなる。そうなったら腸のかべがとおりにくくなっちゃう。こんなことになったらせっかくのスカベンジャーがだいなしだ。けっきょく、あついお湯でだしちゃいかんってことなんだ。茶道でもそんなこというんじゃないかな。
これはいいお茶の話だ。ほうじ茶や紅茶にはカテキンはないんだから、熱湯でどうぞ、といっておく。
ポリフェノールはゴマにもある。ゴマのポリフェノール分子はほうじるとふたつにわれる。だからゴマはほうじるにかぎる。スカベンジャーの分子数がふえるわけだ。
活性酸素とスカベンジャーとの戦いは分子と分子の一騎打ちだ。スカベンジャーの分子数は活性酸素の分子数よりおおくなければまずいんだな。
このことをあたまにおかずに、ニンジンをたべています、ゴマをとっています、お茶をのんでいますなんていっても、だめなんだ。活性酸素にやられないためには量でまけないようにしなけりゃ。
ボクはどうしているかって?フラボノイドとポリフェノールをまぜたものをじぶんでつくって使っている。活性酸素のでそうなときにはたくさんとるってぐあいにだ。
まえにかいたことだが、ボクは活性酸素のことを知らないときからメガ(大量)ビタミン主義だった。それがよかったんだ。ビタミンはAもB2もCもEもスカベンジャーなんだ。
1994年6月17日読売新聞に掲載
5-4. 植物のスカベンジャー
活性酸素の種類と環境により多種
やさいといってもいいが、植物ってものがスカベンジャー(成人病や老化の元凶とされる活性酸素をしまつしてくれる物質の総称)をいろいろもっていることを、キミはどう思う。紫外線のことはとっくに書いたが、この問題はそれだけじゃかたづかないはずだ。
だけど、ヒントはもうだしてある。ベータカロチンが油のなかの活性酸素にたいしてスカベンジャーになっていることだ。
活性酸素は水のなかにもあるばあいもある。ミルクのような水と油のまじった乳化液にあるばあいもある。それに、活性酸素ってやつは種類がいくつもあるんだ。おもなものは四種類だがね。
どんな活性酸素がどんな環境にあるかで、スカベンジャーはきまってくる。手ごわいばあいには、いく種類かのスカベンジャーがチームを組んでリレー式にはたらくことがあるだろう。といってもこれはボクの意見じゃない。宮尾興平(聖マリアンナ医科大非常勤講師)っていうえらい人の意見だ。
こうなると、それぞれの植物が、フラボノイドだの、カロチノイドだの、ポリフェノールだの、ビタミンCだの、ビタミンEだのと何十種類ものスカベンジャーをもっている理由がわかるってもんだ。人間さまはそれをごっそりもらって使っているってことさ。これはボクのことだがね。
ここでカロチノイドってことばをだしたから、ちょっと説明しておこう。これはカロチンのなかまの意味だ。カロチンにはアルファカロチン、ベータカロチン、ガンマカロチンの三つの種類がある。どれも体内でビタミンAに変わることができる。それをいちばんらくらくやってのけるのがベータカロチンなんだ。それでとくにもてはやされるってわけさ。スカベンジャーとしてのはたらきはアルファやガンマのほうがつよいって話だ。ニンジンよりミカンのほうがつよいってことさ。
まえにキサントフィルっていうスカベンジャーを紹介しておいた。これもカロチノイドのなかまにはいる。卵のきみの色、サケの卵や肉の色、これはキサントフィルの色だ。さかなは白身より赤身のほうがいいわけだ。
キミはヒトの寿命がほかの動物よりながいってことを知っているだろう。これは、ほかの動物がカロチノイドをすっかりビタミンAに変えちまうからなんだ。スカベンジャーとしてカロチノイドを使わないのがまずいんだな。寿命をちぢめる犯人は活性酸素なんだからな。ここにはボクの意見がはいっている。
ビタミンAもスカベンジャーだけれど、はたらきかける相手の種類がかぎられている。
1994年6月24日読売新聞に掲載
5-5. スポーツ
40歳を過ぎたらほどほどに
ここまできたら、この連載のタイトル『どうぞ、お先に』の意味がはっきりしたんじゃないかな。寿命をちぢめる犯人がうきぼりにされたんだから。そいつをやっつけるスカベンジャーの紹介もすんだじゃないか。
スポーツがからだにわるいっていう話があるけれど、それもからんでくるんだ。ジョギングを考え出して本をかいたフィックス先生(米国人)も、老年学のオーソリティーだった金子仁先生もジョギング中に死んでいる。医者はしきりに、ジョギングのまえにはドクターチェックをやれといっていたが、このごろはそれもいわなくなった。ホントのことがわかったからだろう。
ジョギングにはエネルギーがいる。エネルギーをつくるのには酸素がいる。その酸素の二%ほどが活性酸素になるんだな。酸素をたくさんとりいれるエアロビクスっていう体操があるだろう。あれはわざわざ活性酸素をふやす方法なんだ。若いものむきってことだ。
あたりまえのことだが、われわれのからだはスカベンジャーを用意している。野菜を食わなくてもだいじょうぶなんだ。だがそれは若いうちの話だ。四十をすぎたらその量がへってくる。これはふつうのドクターチェックじゃわからない。金子先生は六十をこしていたし、フィックス先生は五十をこしていた。これじゃ活性酸素にやられてもおかしくないんだな。
そんなわけで、活性酸素はエネルギーづくりにともなって発生する。
それだけじゃない。ストレスがあると活性酸素がでてくる。なぜでてくるかっていえば、ストレスにまけないために、からだは抗ストレスホルモンをつくる。このとき活性酸素が発生するんだな。抗ストレスホルモンは、れいのステロイドホルモンだ。これが分解するときにも活性酸素はでてくる。
心配ごとがつづくと体調がくずれるだろう。これはしょっちゅうステロイドホルモンをつくったりこわしたりしているから活性酸素がたえずでてくるからさ。これじゃかなわないよ。
若いときならまだいいさ。中年すぎたらスカベンジャーが不足だからたまらないよ。
尿酸ってものがあるだろう。血液検査でこれのことを医者になんとかいわれることがある。尿酸値がたかいと痛風になるばあいもあり、ならないばあいもある。ところが、これがスカベンジャーなんだ。もうれつ社員には尿酸値のたかいのがおおいっていうんだよ。
1994年7月1日読売新聞に掲載