92歳 三石巌のどうぞお先に 第6回(全10回)
三石巌が1994年に産経新聞に連載していた「92歳 三石巌のどうぞお先に」の記事です。
6-1. 尿酸
老化の元凶をしまつする
このまえ尿酸の話がでた。このことばをきくと痛風もちはギクッとくるだろう。なんにも知らない人間は馬耳東風だ。知識がなければウマとはちがわないってことさ。のんきなもんだ。
だが、尿酸がスカベンジャー(成人病や老化の元凶とされる活性酸素をしまつしてくれる物質の総称)だときいていたら反応はちがってくるだろう。『知は力なり』っていった人物がいる。ピンとくることばだな。日本人の頭の産物じゃないが・・・。
活性酸素っていう電子ドロボーが体内に出張しているな。尿酸はそれに引導をわたす。
食物には添加物とか農薬とか、きらわれるものがまじっている。これは肝臓あたりでしまつされるわけだ。活性酸素はこのときにもでてくる。添加物や農薬がこわがられるのはこのためなんだ。だからスカベンジャーの用意があれば何ということもないりくつだろう。
ボクは自然食だの無農薬やさいだのにぜんぜん興味がない。そのかわり尿酸みたいなものに興味がある。情報が多いってことだ。
ついでに情報をもう一つ。尿酸値がたかくてもビタミンAがあれば、痛風はおきにくい。
活性酸素とかスカベンジャーとか、なじみないことばの一斉射撃でへこたれるようじゃダメだよ。情報は欲ばらなくちゃいかん。
からだがじぶんでつくるスカベンジャーのあることがわかったな。その例が尿酸だ。
あたりまえなんだが、自前のスカベンジャーは尿酸だけじゃない。SOD(スーパーオキシドジスムターゼ)、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼなどだ。SODには銅、亜鉛、マンガンがふくまれている。カタラーゼには鉄がいる。グルタチオンペルオキシダーゼときたら、セレン(硫黄鉱などに少量ふくまれている)がいる。
ミネラルぬきのスカベンジャーもある。グルタチオンだ。
銅や亜鉛や鉄はとりやすいミネラルだ。やっかいなのはセレンだ。ゴマやネギ類にあるんだが、酸性雨にふくまれるイオウがセレンと拮抗(きっこう)する。セレンの吸収をじゃまするってわけさ。
こまったことに、セレンは食品に入れることが許可されていない。ウシなどの家畜のえさに混入するのは認められているのにだ。役所の見解をききたいもんだ。
活性酸素の話のはじめに十七個の電子をもつ酸素分子のことがあっただろう。呼吸でとりこむ酸素の二%が活性酸素になるって話もあったはずだ。その活性酸素はこのタイプのものなんだ。これの電子ドロボーとしての腕なみは中ぐらいってとこだな。
1994年7月8日読売新聞に掲載
6-2. 遺伝子
電子ドロボーにやられ、がんに
『健康には注意してます』『食べ物にも気をつけてます』なんて口ぐせのようにいう人がいるだろう。すきをみて、活性酸素を知っているかどうか、きいてみるんだな。
もしそれを知らないっていったら、健康も栄養もめちゃくちゃだね。活性酸素について少しはかじっていないと話にならん。なにしろこいつは電子ドロボーなんだからな。活性酸素を知らずに暮らしているのは、戸じまりをしないで昼寝をしていることになるだろう。これをまぬけというならば、電子ドロボーを知らないのもまぬけってことになるんじゃないかな。
われわれの健康の番人は医者だ。医者先生に活性酸素について伺いをたててみるのもいいだろう。
あなたはもう活性酸素もスカベンジャー(老化などの元凶とされる活性酸素をしまつする物質の総称)も知っている。たいしたもんだ。そこでもうひとつ知恵を。
考えたらわかるはずだが、スカベンジャーの分子数は活性酸素の分子数よりすくなくちゃダメだ。例外はあるんだがね。まず、ドロボー一人に刑事一人がいないと手抜かりがおきるってことだ。一騎うちってことだな。
電子を盗まれていちばんひどい目にあうのがDNAだ。遺伝子ってことだ。このごろ、ベータカロチンがやけにもてている。カロチンは活性酸素をしまつしてくれるからな。DNAが電子ドロボーにやられなければ、がんはおきないってことがわかっているからだ。
ここで、ぜひ覚えておいてもらわなければいけないことがひとつある。それは、がんが見つかるのは、最初のがん細胞ができてから平均十九年もたっているってことだ。いまベータカロチンをせっせとやっても、それががんを予防したことがわかるまでに十九年もかかるってことだ。十九年あとのためのベータカロチンをやっているってことさ。
あなたはボクに『十九年まえからスカベンジャーをやっていたか』とたずねたいんじゃないかな。答えはイエスだ。
ボクは三十一年前からメガビタミン主義者だ。ビタミンのなかよしは、AとかB2とかCとかEとか、スカベンジャーがいろいろある。活性酸素もスカベンジャーも、そのころはだれも知っちゃいない。だから、ボクは運がいいわけさ。
がんも脳卒中も心不全も、みんな活性酸素から生まれている。だからボクはそういういやなやつらをふりきって生きてきたわけだ。
1994年7月15日読売新聞に掲載
6-3. がん予防隊
若いうちは自前で間に合うが
がんといえば、逸見(政孝)さんの名前がでてくる。かれは教訓を二つ残してくれた。
ひとつは、がんのおそるべき手ごわさだ。もうひとつは、医者先生がなかまの事件をすっぱぬいてくれたことだ。
近藤誠氏というレッキとしたがん専門医の本によると、がんか、がんでないかの見わけがいいかげんだから、がんでないものを切っちゃうことがめずらしくない。
日本ほど手術の好きな国はない。がんの検診にはほとんど意味がない。ないないづくしってことだな。
最近、肺がんの検診がはじまったが、これは肺結核専門医の救済策だともある。
ボクは医者じゃないからがんの治療のことなど考えちゃいない。予防一点張りだ。その立場からすると、がん発見にいたる十九年前に何が起きたかを、とりあげなければならないことになるだろう。
実は十九年前どころか、毎日毎日、がん細胞は何千個もうまれているって話がある。
活性酸素がエネルギーづくりでも発生、ストレスでも発生、喜怒哀楽でも発生、農薬や添加物の解毒でも発生、細菌やウィルスの感染でも発生、中性洗剤でも発生、紫外線やX線・放射線でも発生ってことを知っていれば、この話がホラじゃないことがわかるんじゃないかな。
そのひっきりなしに出てくる活性酸素はいろいろな悪さをする。そしてDNAを痛められる細胞が一日に数千個ということだ。スカベンジャー(活性酸素をしまつしてくれる物質の総称)をあたまにおかずにいたら、こりゃあぶない。
もともと若いうちは自前のスカベンジャーでだいたいまにあう。四十の坂をすぎたら気をつけなけりゃダメだ。
血中にはNK細胞という名のものがパトロールしている。これの本名はナチュラルキラー細胞だ。がん細胞やウイルス感染細胞をみつけると、どてっぱらにトンネルをあけて殺してしまうのが役目だ。こいつががん予防隊を結成しているんだ。
NK細胞についてだいじな情報は二つある。ひとつはインターフェロンやキトサンなどがそれを活性化すること、もうひとつはストレスがあると、これが死んでしまうことだ。
インターフェロンはビタミンCとタンパク質があれば自前でできる。キトサンはカニの甲羅やキノコやカビにあるんだな。
1994年7月22日読売新聞に掲載
6-4. キトサン秘話
カニの甲羅利用から出発
インターフェロンってことばは聞いたことがあるだろう。例のC型肝炎にきくっていわれているくすりだよ。
これはアメリカで評判になったもんだから、日本でも使うようになった。だが、おなじC型肝炎でもアメリカものと日本ものとではウイルスのタイプがちがう。それで日本じゃ評判を落としたってことさ。
もともとインターフェロンは、ウイルス干渉因子として東大の 元教授、長野泰一先生らが見つけたものだ。これはウイルスに感染すると、細胞が自前でつくる。
そうしてウイルスがふえるのに干渉(インターフェロン)するんだ。そのうえ、NK(ナチュラルキラー)細胞を元気づけて、ウイルス感染細胞のどっでぱらにトンネルをあけるんだな。そればかりじゃない。がん細胞をそうやって殺すってことなんだ。人間の体ってやつは、ミクロの世界でなにをやっているのか見当もつかない。いっさい見えないわけだからな。
前回、インターフェロンをつくるのには、ビタミンCとタンパク質がいるって書いた。キミはそれで安心したんじゃないかな。魚も食うし、やさいも食うから大丈夫ってわけだ。
ところが、この考えがいちばんこまる。ビタミンCにしたってタンパク質にしたって、出番がものすごく多い。ひっぱりだこなんだ。だから、どっちもたっぷりとっていなかったら、インターフェロンが必要なだけつくれないことになる。これは算数の問題だ。
ボクはかぜをひかない。ひきかけてもすぐになおる。インターフェロンがつくれるようにしているからだ。
つまり、タンパク質もビタミンCもふんだんにとって、不足のおそれがないようにしている。たったそれだけのことなんだ。
カニの甲羅はむかしはゴミだった。これをどうにかしたいという願いからうまれたのが、キチン・キトサンの抗菌作用だった。あの甲羅を酸やアルカリで分解したものを畑にまこうというアイディアだった。これで作物を病原バクテリアからまもろうってわけだ。
やがて地面にまくより人間に食わせるほうがカネになるって話になった。キチン・キトサンは菌類、つまりキノコやカビにもある。キノコはどれでもいいだろう。カビはカマンベールチーズにたっぷりある。
1994年7月29日読売新聞に掲載
6-5. NK細胞とがん細胞
ひっきりなしに跳びはねる
キトサンやキチンもひとつの物質じゃない。そのなかには化学処理をしたいろいろな物質が含まれてる。キトサンのはたらきについて前にいったのは、NK(ナチュラル・キラー)細胞の活性化だった。がん細胞の天敵をいきおいづけることだ。
いいことを聞いた。さっそく(キトサンを含む)カニの甲羅のくすりをやってみよう、とがん患者が考えたとしよう。これは名案なのかどうか。
医者先生にがんだといわれたとき、それがあたっていたとして、問題の細胞の数はすでに十億をこしているんだ。それを根こそぎやっつけることが、NK細胞にできると考えていいのかどうか。
サルノコシカケがいいとかカワラタケがきくとか、よくいわれるだろう。きくとすれば、それはキトサンのはずだとボクは思う。キトサンには、NK細胞を賦活(ふかつ)するはたらきのほかに、NK細胞を増やすはたらきもある、という話もある。こっちのほうはホントかどうか知らんがね。
ここまでの話で、キミはNK細胞をがん予防の切り札みたいに思ったんじゃないかな。それでなけりゃカニの甲羅なんかにカネを出すいわれもないわけだろう。
そこに水をさすつもりはないが、NK細胞とがん細胞との関係について、もう少し考えてみる必要があるんだ。
NK細胞は血中にある。そのおなじ血中にがん細胞もあるとしよう。話を簡単にするために、どっちの細胞も一つずつとしておこう。NK細胞はどうやってがん細胞にからみつくのだろうか。
どっちの細胞も泳げるわけじゃないから、NK細胞が追いかけることも、がん細胞がにげることもないわけだ。しかし、血液は流れているんだから、両方ともそれに流されている。
ところが、どっちも勝手にヒョイヒョイとひっきりなしにとびはねるんだな。水の分子がすごいスピードでぶつかって、細胞をはじきとばしているからなんだ。おもしろいだろう。
むかしとちがって健康状態をつかもうとすると、すぐに血液検査とくる。そこにはわんさと数字がならんでいるだろう。GOTとかなんとか、そこには書いてある。
あれのほとんど全部は、水分子にはじきとばされてとびはねているんだ。NK細胞や赤血球やコレステロールで、血中はごったがえしなんだな。
1994年8月5日読売新聞に掲載