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コラム
COLUMN

92歳 三石巌のどうぞお先に 第7回(全10回)

三石巌が1994年に産経新聞に連載していた「92歳 三石巌のどうぞお先に」の記事です。

第6回はこちら

 

7-1. NK細胞増加法

免疫療法は他人の血が効果的とも

 百五十年ほど前の話だが、イギリスにロバート・ブラウンって名前の植物学者がいたんだ。かれは水にうかべた花粉を顕微鏡でのぞいておったまげたもんだ。この話をこどもにしちゃいけない。理科の時間におそわっているおそれがあるんだな。

 花粉にはヒレもべん毛もありゃしない。ということは、じぶんで動けるはずはないってことだ。ところが花粉は活発に動きまわっている。ブラウンは首をひねったが、結局そのわけはわからずじまいさ。でも、この花粉の運動に名前だけはつけた。「ブラウン運動」っていうんだ。ブラウン運動にちゃんとした説明をしたのは、ご存じアインシュタインだ。水の分子はブラウン運動をしている。熱をもっているためなんだ。水分子がぶつかれば、花粉ははじかれる。それが目に見えるってわけさ。

 水分子だけじゃない。アルコール分子もブラウン運動をしている。やはり、熱をもっているからさ。

 よけいなことだが、空気の圧力ってものが、あるだろう。あれは空気の分子がぶつかってくるための力だ。ブラウン運動でだよ。

 なぜこんな話をもちだすのか、キミにはわかるはずだ。血中にがん細胞とNK(ナチュラルキラー)細胞とがある。それがぶつからなければ、がん細胞は無事だ。その衝突がまったくのマグレだっていうことをいいたいんだ。

 NK細胞があちこちでとびはねても赤血球にぶつかったり、悪玉コレステロールにぶつかったり、GOTにぶつかったりだから、人間さまの思いどうりになる確率は、とても小さいものなんだ。その確率を大きくしたいっていうのなら、NK細胞の数をふやしたらいいだろう。だが、同時にがん細胞もふやすのでは意味がない。

 むろんのことだが、人間さまにはがん細胞をふやすことなんか考えはしない。NK細胞をふやそうとする。これを医者先生にたのむのか、それとも自分でやろうとするのか。

 逸見(政孝)さんのようなスピードがんになったらもうダメだ。覚悟をきめるんだな。責任は自分にはないとはいえないんだから。

 医者先生はキミの血液をぬいて、そこからとりだしたNK細胞をふやして、もとにもどすことをやる。免疫療法ってやつだ。

 このとき、自分の血液ではなく他人の血液をつかうほうが効き目がいいという話もある。京都府立医大の研究だがね。

1994年8月19日読売新聞に掲載

 

7-2. NK細胞の正体

ひっぱりだこのタンパク質

 NK(ナチュラルキラー)細胞について、ずいぶんとPRしてきた。ここまでくると、「自力でそれを増やすことができたらいい」とだれしも思うだろう。それについての情報をすこしばかり並べることにする。

 前に書いたことだが、キトサンがそれを増やすって話がある。セールストークかどうかわからんがね。

 もうひとつ、笑いがNK細胞を増やすって話もある。はなし家にきいたわけじゃないが、「笑うかどには福きたる」ってことわざが思いだされるじゃないか。

キミはよく笑うほうかね。ボクはひとを笑わせたい人間だが、別にNK細胞をあたまにおいているわけじゃないよ。

 ボクの考えかたはいつもオーソドックスだ。だからまず、NK細胞の正体から出発することになる。それはどういうものか。

 細胞だから膜をもっているんで、そこに脂質のあるころはたしかだが、大部分はタンパク質だ。考えはそこからはじめなけりゃいかん。

 もともと栄養物質ってヤツは、体じゅうひっぱりだこになっている。タンパク質がそうなんだ。口からはいったタンパク質は、血液になったり、ひふになったり、NK細胞になったりとひっぱりだこなんだ。

 そこで食いものの問題がでてくる。タンパク不足の食事をしていても、ほしいだけのNK細胞ができてくれるかって問題だ。タンパク質は血やひふをつくるほうにまわされて、NK細胞づくりのほうは手ぬきになっているんじゃないかって問題だ。笑ったりキトサンを食ったりしたら、タンパク質は血やひふにならずにNK細胞にまわされるかって問題だ。

 キミはどう思うか。血やひふや骨と比べたら、NK細胞はさほどだいじなものじゃない。それがなければ生きてゆけないなんていうものじゃない。タンパク質のつかわれかたに優先順位があるとすれば、NK細胞なんてものはビリにちかいんじゃないかな。

 それはつまり、タンパク質がたっぷりなかったらNK細胞にまではまわらないだろうってことだ。

 どっちにしても、NK細胞への期待が大きすぎるのは禁物だ。たとえば、肝臓がんの細胞はかたくなった組織のなかにいることがおおい。そんなところへNK細胞がたどりつけるか。考えたらわかるだろう。NK細胞もしめだしを食ったら、はたらけるわけがないんだ。

1994年8月26日読売新聞に掲載

 

7-3. NK細胞の減少

ストレスがいちばんの敵

 NK(ナチュラルキラー)細胞をふやすための条件はなんだったっけ。それは高タンパク食であり、キトサンであり、笑いでありってことになったが、それだけで十分だなんていっちゃいない。

 もうひとつだいじな条件があるんだが、そいつはあとまわしにして、NK細胞が減る話をしなくちゃならん。これはふだんの心がけにかかわってくる大問題なんだ。

 キミは、うんとくたびれたときや、心配ごと悩みごとのあるとき、カゼぎみになった経験をもっているんじゃないかな。

 ストレスってもののあることをキミは知っているだろう。過労も心配もそれだ。いや、飢え・渇き・暑さ・寒さなんかもそれだ。ストレスを野放しにしたらからだはまいっちゃう。そこで、副腎(じん)皮質は抗ストレスホルモンをだしてストレスに対抗する。コーチゾンがその代表。いわゆるステロイドホルモンだ。

 意地のわるい話なんだが、NK細胞にはコーチゾンをうけとるポケットがついている。それをうけとって、すましこんでいられるならいいんだが、死んじゃうんだ。NK細胞にとって、コーチゾンのなかまは毒薬みたいなものだ。

 つまり、ストレスがあるとNK細胞の数は減るってことだな。

 ステロイドホルモンがきく病気は二百もあるそうだ。だから、ステロイドホルモンをのまされるケースはうんとある。それがNK細胞を殺すってことは、おぼえておいたほうがよさそうだな。

 ここまで話がわかってくると、NK細胞のいちばんの敵はストレスだってことになる。これはわすれちゃいかん。

 ストレスについてはもうひとついやなことがある。ストレスがあると抗ストレスホルモン、つまりステロイドホルモンがでてくる。これがこわいんだな。

 抗ストレスホルモンは副腎皮質でつくられるやつなんだが、これをつくるとき活性酸素がでてくる。これだけですめばいいんだが、それを分解するときにも活性酸素がでてくるんだ。

 こいつは以前から書いているように、電子ドロボーだよ、おぼえているだろう。

 ストレスってやつは精神的なものだが、肉体的なものよりしつこい。活性酸素がひっきりなしにでてくる。NK細胞はがた減りだ。

 スカベンジャー(老化などの元凶とされる活性酸素をしまつする物質の総称)不足だと、がん細胞がじゃんじゃんわく。転移がん細胞は大手をふるって血管の旅をつづける。おそろしい話だろう。

1994年9月2日読売新聞に掲載

 

7-4. NK細胞のメカニズム

トンネル作りの悪い細胞を撃退

 前回はNK(ナチュラルキラー)細胞が減ることに触れたが、話をすこし前にもどそう。

 カゼはウィルス感染症だった。とすれば、ウィルスに感染した細胞ができているはずだろう。

 NK細胞がはたらけば、感染細胞が死ぬはずじゃないか。だから、カゼぎみだってことはNK細胞の数がたりてないか、あっても活性がおちているか、どっちかだってことのしるしなんだ。

 ここまでくると、NK細胞がウィルス感染細胞やがん細胞をやっつけるメカニズムを知りたくなるだろう。それが“理科離れ”でないしるしというもんだ。

 NK細胞は、がん細胞やウィルス感染細胞のどてっぱらにトンネルをあけると前に書いたが、おぼえているかな。

 これは、船のどてっぱらに穴があいたようなもんだ。そこから水がはいってくるだろう。船はこれでさいごだ。がん細胞やウィルス細胞も、こうなったらおしまいさ。

 このときのNK細胞のはたらきぶりは、まったくみごとなものだ。それがいまでは、すっかりつきとめられているんだ。

 お目あてのがん細胞かウィルス感染細胞につきあたると、NK細胞は細長い板を何枚もくりだす。それをならべてパイプをつくって、お目あての細胞の膜につきさすんだな。そうすると、パイプにつまった膜のきれはしがぬけることになる。つまり、トンネルが開通するわけだ。

 このトンネルをとおって中身がぬけだす。外のものははいってくる。そうなったら、さすがのがん細胞もウィルス感染細胞も一巻のおわりさ。ただのゴミさ。

 NK細胞のつくる板には名前がついている。パーフォリンっていうんだがね。これはタンパク質だ。ここでもまた、タンパク質だ。からだの問題になると、タンパク質がなけりゃ夜も日もあけないってことが、しみじみわかったんじゃないかな。理科離れのあたまでなければ、の話だがね。

 前に、NK細胞の「活性」ってことばがあったな。前のことをわすれちゃいかん。NK細胞の活性は、いったいなんのことか。

 NK細胞はパーフォリンがつくれなければデクノボーじゃないか。だから、NK細胞のはたらきは、パーフォリンできまるわけだろう。パーフォリンがどんどんつくれるなら、NK細胞の活性はたかいことになるわけだ。

 NK細胞の活性をたかめるものが、インターフェロンだってことは前に書いた。ほかにも、キトサンやなにかがあるって話だった。

1994年9月9日読売新聞に掲載

 

7-5. NK細胞とストレス

40代になったら活性酸素対策を

 前にも書いたが、逸見政孝さんは身をもって、がんの悪役ぶりをわれわれの心にたたきこんでくれた。専門医の近藤誠先生は本をかいて、がんの前での医者先生の力ぶそくをあばいてくれた。

 がんは現代の悪魔である。いったんこいつにつかまったら、まず半分はだめだ。あわてて病院にかけこんだところで、助けてもらえる確率は二分の一ぐらいのものだろう。

 じゃあ、キミはどうするか。がん患者ないとしてだよ。いっておくが、キミが、がん候補者だってことはまちがいないんだよ。

 なによりもまず、キミはストレスをさけなければならん。過労はダメだ。

 しまつのわるいのは精神的なやつだ。脳みはさらりとすごすんだな。のんきにやるのが一番だよ。ストレスにつよい人間っていうのがいる。キミにもそう願いたいもんだ。そうでないと活性酸素はやたらにでるし、NK(ナチュラルキラー)細胞はへる。ダブルパンチなんだな。たまったもんじゃないだろう。

 ストレスというやつは予告なしにやってくるのがふつうだ。そのとき、さっと対策をたてる人間もいる。へたばってなにも手をうたない人間もいる。ここで手をうつとは、活性酸素対策をたてることだ。つまり、スカベンジャー(老化などの元凶とされる活性酸素をしまつする物質の総称)に手をだすことだ。

 三十代ならストレスがすごくないかぎり、まず大丈夫だ。体育のクラブでシゴキをうけても、学生ならまず大丈夫だ。うけあえ、といわれたらことわるがね。

 四十代のオヤジともなれば、ストレスにはよわくなる。十九年か二十年がたったあと「があん」とくる確率は小さくないだろう。救いの手はスカベンジャーだ。いまさら何をとったらいいかなんてきくなよ。さんざん書いてきたんだから。

 活性酸素がでてきたとき、どこの細胞のDNAがやられるのかは、やぶのなかだろう。がん細胞がよっぽどつごうのいいところにできなけりゃ、NK細胞の出番はないはずだ。だから、活性酸素のことをあたまにおくだけでたくさんなんだ。

 ことわっておくが、がん細胞の卵が一人前になるまでにかかる時間は平均十九年だってことになっているが、ヒロシマのばあい、二十年以上もあとに白血病になった人がいるようなわけで、この数字はあまりあてにならない。

 一方、NK細胞のほうはがん細胞がうまれてからの話で、がんの発生をふせぐなんてしごとに片棒をかつげるものじゃない。

1994年9月16日読売新聞に掲載

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